2011.
10.
31
脱サラ後にどのような職種で独立をするのかを決めるのは
とても大きな問題です。
ここでの選択、判断を誤ってしまえば
取り返しがつかなくなることもありますよね、、、。
店舗商売、無店舗商売、サラリーマン時代と同業種、異業種、
資金の問題、、、。
様々の問題点の中で同業か、異業種か?
に関していえば、、、。
私自身の実感を言えば、同業種でやるか異業種を選ぶかは
脱サラの成功、あるいは失敗要因には
あまり関係がないように思えるのです。
いえ、関係がないのではなく、
「第一の要因」ではない。
といった方が良いでしょうか、、、?
今までお話してきたように、夫は20年以上やり続けていた、
自分ではそれなりに自信もあったらしい営業系の仕事で独立して大失敗し、
全く異業種の技術系の仕事で何とか軌道に乗せることができました。
「技術系の仕事」はその技能を身につけるのに
とても長い年数がかかりますが、
いったん「手に職」つけてしまえばツブシが効き、
しかも無店舗商売が可能で、さらにその人の努力と学習次第で
発展、展開させてゆくことも充分できる職種です。(その31、32参照)
その31 無店舗販売 独立成功の秘訣は?
その32 「無店舗手に職」で独立開業
私の場合は(その26、27)で申しあげたように、
「多額の初期投資がかかる職種は全て却下。」
「店舗商売は大キライ。」
だったので、店舗商売に関してはほとんど全てペケ。でした。
その26 脱サラ独立、成功のために-①
その27 脱サラ独立、成功のために-②
なので、まず第一に
「初期投資のかからない職種。」
「無店舗商売」
これが絶対条件になりました。
もうひとつは最初の独立時、これが致命傷になったので
「確実に毎月集金できること。」
以上の3つはどうしてもはずせない条件でした。
これだけでかなり選択肢は絞られて、おまけに昔の経験から
「常に宣伝、広告が必要な商売は絶対イヤ。」
という気持ちも強かったので、、、。その29 無店舗販売の落とし穴
すごいワガママに聞こえるかもしれませんね。(笑)
でも、今後ご自身で独立して事業をしてゆこうとする方は、
わがままなぐらいにご自分の主張を通されても良いのでは?
と考えています。
とにかく長年やり続けてゆくので
私は
「何をしたいか。」
はもちろんとても大事ですが、
同じぐらいに
「これだけは絶対やりたくない。」
も、やっぱり考えてしまいます。
せっかく組織を離れて自由にやるのですから、
やりたくないことをわざわざやる人はいないでしょうが、、、。
自分で商売をやる。
ということは想像する以上に激務に追われますから、
たとえわずかでも「やりたくない要素」があれば、
とても長い年月耐えられるものではありません。
あなたはそこまでがまん強い人間ですか?
と、もし誰かに聞かれたら、
「すみません。ぜんぜんです。」
とお答えするしかないです。(笑)
それでもせめてお金でも儲かるのか?
といえば全っ然儲かりもしませんし、、、。
例えば私は料理が苦手で、毎日のおさんどんが
ものすごく苦痛なので、飲食業界ならば
とっくに逃げ出していたかもしれません。
いえその前に、もしもあの時夫が
「飲食店がやりたい。」
と言い出していても、断固抵抗したと思います。(笑)
いったん独立した以上、
「5年、10年、20年とずっと維持、継続させる。」
ことを成功と定義するワケですから、その15 脱サラ成功の定義とは?
それだけの長い年月、ただ その62 脱サラ独立の動機づけ-②
「売り上げの見込み」
「集客の見込み」
「マーケティングの結果」
「利益率の高さ」
「儲かりそう」
とかの数字だけで職種をしぼっていっても、
それらはあくまでも「見込み」であって、
どうなるかは実際やってみないと全くわかりません。
たとえどれほど良い条件がそろっていても、
(まともな商売でそんなおいしい商売ってないと思いますが、、、。)
どうも好きになれそうにないな、
という仕事は選ばない方が良いと思います。
よほど需要の見込みがほとんど無いマーケットはもちろん
選ぶべきではないですが、、、。
理想をいえば
「これがやりたいがために誰が何と言おうと
俺は脱サラするのだ!」
といえるものがあるのが何といっても一番です。
「これが天職だ。」
っていう言葉がありますよね?
それを人生で獲得できた男の人は一番幸せな方では
ないでしょうか?
寝食忘れるほど打ち込める仕事を見つけ、従事されている方は、
私はその方ご自身の
「人生の勝利を勝ち得た方。」
だなあ。 と思っています。
それぐらい男性にとって
「仕事と人生。」
というのはほとんど密接に重なり合っています。
もちろん女性にとってもそれは同じことが言えます。
つづく
とても大きな問題です。
ここでの選択、判断を誤ってしまえば
取り返しがつかなくなることもありますよね、、、。
店舗商売、無店舗商売、サラリーマン時代と同業種、異業種、
資金の問題、、、。
様々の問題点の中で同業か、異業種か?
に関していえば、、、。
私自身の実感を言えば、同業種でやるか異業種を選ぶかは
脱サラの成功、あるいは失敗要因には
あまり関係がないように思えるのです。
いえ、関係がないのではなく、
「第一の要因」ではない。
といった方が良いでしょうか、、、?
今までお話してきたように、夫は20年以上やり続けていた、
自分ではそれなりに自信もあったらしい営業系の仕事で独立して大失敗し、
全く異業種の技術系の仕事で何とか軌道に乗せることができました。
「技術系の仕事」はその技能を身につけるのに
とても長い年数がかかりますが、
いったん「手に職」つけてしまえばツブシが効き、
しかも無店舗商売が可能で、さらにその人の努力と学習次第で
発展、展開させてゆくことも充分できる職種です。(その31、32参照)
その31 無店舗販売 独立成功の秘訣は?
その32 「無店舗手に職」で独立開業
私の場合は(その26、27)で申しあげたように、
「多額の初期投資がかかる職種は全て却下。」
「店舗商売は大キライ。」
だったので、店舗商売に関してはほとんど全てペケ。でした。
その26 脱サラ独立、成功のために-①
その27 脱サラ独立、成功のために-②
なので、まず第一に
「初期投資のかからない職種。」
「無店舗商売」
これが絶対条件になりました。
もうひとつは最初の独立時、これが致命傷になったので
「確実に毎月集金できること。」
以上の3つはどうしてもはずせない条件でした。
これだけでかなり選択肢は絞られて、おまけに昔の経験から
「常に宣伝、広告が必要な商売は絶対イヤ。」
という気持ちも強かったので、、、。その29 無店舗販売の落とし穴
すごいワガママに聞こえるかもしれませんね。(笑)
でも、今後ご自身で独立して事業をしてゆこうとする方は、
わがままなぐらいにご自分の主張を通されても良いのでは?
と考えています。
とにかく長年やり続けてゆくので
私は
「何をしたいか。」
はもちろんとても大事ですが、
同じぐらいに
「これだけは絶対やりたくない。」
も、やっぱり考えてしまいます。
せっかく組織を離れて自由にやるのですから、
やりたくないことをわざわざやる人はいないでしょうが、、、。
自分で商売をやる。
ということは想像する以上に激務に追われますから、
たとえわずかでも「やりたくない要素」があれば、
とても長い年月耐えられるものではありません。
あなたはそこまでがまん強い人間ですか?
と、もし誰かに聞かれたら、
「すみません。ぜんぜんです。」
とお答えするしかないです。(笑)
それでもせめてお金でも儲かるのか?
といえば全っ然儲かりもしませんし、、、。
例えば私は料理が苦手で、毎日のおさんどんが
ものすごく苦痛なので、飲食業界ならば
とっくに逃げ出していたかもしれません。
いえその前に、もしもあの時夫が
「飲食店がやりたい。」
と言い出していても、断固抵抗したと思います。(笑)
いったん独立した以上、
「5年、10年、20年とずっと維持、継続させる。」
ことを成功と定義するワケですから、その15 脱サラ成功の定義とは?
それだけの長い年月、ただ その62 脱サラ独立の動機づけ-②
「売り上げの見込み」
「集客の見込み」
「マーケティングの結果」
「利益率の高さ」
「儲かりそう」
とかの数字だけで職種をしぼっていっても、
それらはあくまでも「見込み」であって、
どうなるかは実際やってみないと全くわかりません。
たとえどれほど良い条件がそろっていても、
(まともな商売でそんなおいしい商売ってないと思いますが、、、。)
どうも好きになれそうにないな、
という仕事は選ばない方が良いと思います。
よほど需要の見込みがほとんど無いマーケットはもちろん
選ぶべきではないですが、、、。
理想をいえば
「これがやりたいがために誰が何と言おうと
俺は脱サラするのだ!」
といえるものがあるのが何といっても一番です。
「これが天職だ。」
っていう言葉がありますよね?
それを人生で獲得できた男の人は一番幸せな方では
ないでしょうか?
寝食忘れるほど打ち込める仕事を見つけ、従事されている方は、
私はその方ご自身の
「人生の勝利を勝ち得た方。」
だなあ。 と思っています。
それぐらい男性にとって
「仕事と人生。」
というのはほとんど密接に重なり合っています。
もちろん女性にとってもそれは同じことが言えます。
つづく
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2011.
10.
29
(その57、62、63、64) と、
繰り返ししつこく
「熱意、情熱の持続」
「脱サラ、独立する動機」
について書かせて頂きました。
もいっかいしつこく書かせて下さいネ。(笑)
「脱サラを成功させる。」
という大目的には様々な要因がからんでいて、
どれが一番大事か、
とはいえないと思いますが、、、。
あえてそれらを順序づけるとすれば、
私個人としてはまず第一番に
「独立への熱意、情熱があるか、ないか。」
まずこのことを真っ先にあげます。
これがなくては、他の全てそろっていたとしても、
成功への道はあり得ない、と考えています。
その次に「脱サラ、独立する動機」をあげます。
つまりその人の
「独立に対する考え方。その理由。」
と言い換えても良いかもしれません。
そして(その16,17,18) と (その39)でお話させて頂いた
「妻の協力」と「心身ともに強靭であること。」
がほぼ同じぐらいに大前提として絶対必要不可欠です。
それから後に
「資金問題、マーケティング、職種選択、スキル構築、
事業計画などの様々な問題、、、。」
私があえて順序立てするとこのような形になるでしょうか、、、?
私たちは建築業界のことをほとんど何も知らずに
スタートしたので、同時進行で必死で
先輩の同業者の社長さんや親方さん達から一生懸命学びました。
わからないことは人にも聞き、自分達でも調べました。
朝、6時前から先達の同業者の社長さん宅の前で
待ち構えていて、教えを請うたことも何度もあります。
その節はホントにご迷惑をおかけしたことでした。(笑)
私が慣れない現場での職人仕事をやっているので、
この時その社長さんが
「どうや? 奥さん。 体大丈夫か、、、?」
と、やさしく聞いて下さって、
「あのネ、社長さん。
私ね、今、地獄歩いてます。(笑) 」
「あはは。 そうやろなあ。
あんたの目の下、真っ黒やでえ。 アハハハ。」
みたいな会話をしたのを良く覚えています。(笑)
もう既にスタートしてしまっているので、
見栄も外聞もくそも、なりふりなんてかまっていられない、
という感じだったと思います。
それにしても特に私の方のスキルが
まだまだ全然足りていませんでした。
そのため数ヶ月後、ちょうどお正月だったのですが、
夫は3日間全く寝床から起き上がることが出来ないほど
ボロボロでした。(笑)
しかし1つだけ断言できるのは、
その当時の夫と私の「熱意、情熱」は、
ものすごいものがありました。
すでにその頃、夫は40才をはるかに超えていましたし、
私も35才をとっくに超えていたと思うのですが、
自分の年のことなど考えたことも気にしたこともありません。
面接に来る人が、
「もう35才なのですが、今からできるでしょうか?」
とか良く聞かれるのですが、自分の年令のことを考えて
何かをあきらめてしまったことは過去には1度もありません。
これから先はさすがにちょっと考えないといけないのかなあ、、、。
と思うようになってきましたが、、、。(笑)
スキルはまだまだ全然足りていなかったけれど、
他の何者をもよせつけないほどの
「熱い情熱」を持ってやっていた。
と、そのことに関してだけは言い切る事ができます。
私は最大の「成功要因」とは、その人の中に、
「熱意と情熱があるかどうか。」
そこが成功への
「第一番目であり最大の要因」
だと考えています。
むろん私たちの経緯が全ての方にあてはまるとは思いません。
無謀といえばあまりにも無謀なスタートだったと思います。
いかなる全ての条件が整っていようとも、
何よりも独立へ向けて
「人に勝る熱い情熱。」
これがなくして1回こっきりの人生の全てをかけ、
1つのことを成功させる、ということは絶対に不可能だ。
と経験してきています。
それほどまでの「熱い情熱」を持ち、
なおかつ技能の修得を十分積み、
奥様の同意も協力も万全OK。
お考えも確固たるものを持っていらっしゃる。
さらに市場調査やきちんと資金計画なども立てておられる方ならば
鬼に金棒、より一層「成功への道」は
確かなものになられるに違いありません。
ポイント⑥
「脱サラして独立する。」という大目的へ向け、
身の内から湧き起こる「熱い熱い情熱」を持っていること。
「脱サラ、独立する動機」は、
長年にわたり熱意を持続できうる確固たる強いものであると同時に、
「第三者の人からも支持されうる考え方。」
であることが重要。 (その64参照)
その64 脱サラ独立の動機-③
「お金」だけを動機として設定するのは危険である。
お金は動機そのものではなく、
わかりやすい単なる「目標数値」として設定するべき。
繰り返ししつこく
「熱意、情熱の持続」
「脱サラ、独立する動機」
について書かせて頂きました。
もいっかいしつこく書かせて下さいネ。(笑)
「脱サラを成功させる。」
という大目的には様々な要因がからんでいて、
どれが一番大事か、
とはいえないと思いますが、、、。
あえてそれらを順序づけるとすれば、
私個人としてはまず第一番に
「独立への熱意、情熱があるか、ないか。」
まずこのことを真っ先にあげます。
これがなくては、他の全てそろっていたとしても、
成功への道はあり得ない、と考えています。
その次に「脱サラ、独立する動機」をあげます。
つまりその人の
「独立に対する考え方。その理由。」
と言い換えても良いかもしれません。
そして(その16,17,18) と (その39)でお話させて頂いた
「妻の協力」と「心身ともに強靭であること。」
がほぼ同じぐらいに大前提として絶対必要不可欠です。
それから後に
「資金問題、マーケティング、職種選択、スキル構築、
事業計画などの様々な問題、、、。」
私があえて順序立てするとこのような形になるでしょうか、、、?
私たちは建築業界のことをほとんど何も知らずに
スタートしたので、同時進行で必死で
先輩の同業者の社長さんや親方さん達から一生懸命学びました。
わからないことは人にも聞き、自分達でも調べました。
朝、6時前から先達の同業者の社長さん宅の前で
待ち構えていて、教えを請うたことも何度もあります。
その節はホントにご迷惑をおかけしたことでした。(笑)
私が慣れない現場での職人仕事をやっているので、
この時その社長さんが
「どうや? 奥さん。 体大丈夫か、、、?」
と、やさしく聞いて下さって、
「あのネ、社長さん。
私ね、今、地獄歩いてます。(笑) 」
「あはは。 そうやろなあ。
あんたの目の下、真っ黒やでえ。 アハハハ。」
みたいな会話をしたのを良く覚えています。(笑)
もう既にスタートしてしまっているので、
見栄も外聞もくそも、なりふりなんてかまっていられない、
という感じだったと思います。
それにしても特に私の方のスキルが
まだまだ全然足りていませんでした。
そのため数ヶ月後、ちょうどお正月だったのですが、
夫は3日間全く寝床から起き上がることが出来ないほど
ボロボロでした。(笑)
しかし1つだけ断言できるのは、
その当時の夫と私の「熱意、情熱」は、
ものすごいものがありました。
すでにその頃、夫は40才をはるかに超えていましたし、
私も35才をとっくに超えていたと思うのですが、
自分の年のことなど考えたことも気にしたこともありません。
面接に来る人が、
「もう35才なのですが、今からできるでしょうか?」
とか良く聞かれるのですが、自分の年令のことを考えて
何かをあきらめてしまったことは過去には1度もありません。
これから先はさすがにちょっと考えないといけないのかなあ、、、。
と思うようになってきましたが、、、。(笑)
スキルはまだまだ全然足りていなかったけれど、
他の何者をもよせつけないほどの
「熱い情熱」を持ってやっていた。
と、そのことに関してだけは言い切る事ができます。
私は最大の「成功要因」とは、その人の中に、
「熱意と情熱があるかどうか。」
そこが成功への
「第一番目であり最大の要因」
だと考えています。
むろん私たちの経緯が全ての方にあてはまるとは思いません。
無謀といえばあまりにも無謀なスタートだったと思います。
いかなる全ての条件が整っていようとも、
何よりも独立へ向けて
「人に勝る熱い情熱。」
これがなくして1回こっきりの人生の全てをかけ、
1つのことを成功させる、ということは絶対に不可能だ。
と経験してきています。
それほどまでの「熱い情熱」を持ち、
なおかつ技能の修得を十分積み、
奥様の同意も協力も万全OK。
お考えも確固たるものを持っていらっしゃる。
さらに市場調査やきちんと資金計画なども立てておられる方ならば
鬼に金棒、より一層「成功への道」は
確かなものになられるに違いありません。
ポイント⑥
「脱サラして独立する。」という大目的へ向け、
身の内から湧き起こる「熱い熱い情熱」を持っていること。
「脱サラ、独立する動機」は、
長年にわたり熱意を持続できうる確固たる強いものであると同時に、
「第三者の人からも支持されうる考え方。」
であることが重要。 (その64参照)
その64 脱サラ独立の動機-③
「お金」だけを動機として設定するのは危険である。
お金は動機そのものではなく、
わかりやすい単なる「目標数値」として設定するべき。
2011.
10.
28
このころ、ウチで働いてくれていた職人さんで、
この世界でのキャリアも夫よりはるかに長く、
ずっとこの世界で頑張り続けてきた人なのですが、
かなり職人気質な人がいました。
Hさんという、とてもまじめな職人さんでした。
もちろんこの頃、夫も彼らと一緒に現場で実作業を
ほとんど毎日やり続けていたのですが、、、。
夫が、
「職人か。 経営者か。」
という、このあたりの問題でずっと心の中の
葛藤を続けていたときに、
その職人さんとの不協和音、まさつが生じたことが
実はあったのです。
(また後にもう少し詳しくお話させて下さいね。)
この時点ではその職人さんの意識の中で
たとえ職人の世界であろうと、
この商売をさらに次へと発展させ、
社員たちの今後の将来につなげていくためには、
「社長である夫は、職人仕事自体ではなく、
事業をより良く経営してゆくことに
全力をそそがないとないといけない。」
という概念へ転換させることを
なかなかうまく理解してもらえなかったのかも
しれないのですが、、、。
夫の意識がその方向へ行くことにその人がとても嫌がった、
といえば良いのでしょうか、、、?
どう表現すればいいのか、
拒否反応のようなものを示した、というのか、、、。
ある1つのまさつが生じたことがあったのです。
結局それがきっかけになったのかなあ、と思うのですが、
その時点で夫は自分自身が職人としてずっと腕を磨いてゆく。
という道は断念して、経営者として意識転換をはかりました。
その内面の変化が私にも
ビリビリっと伝わってきたことを
とても良く覚えています。
「ああ、、、。 この人はとうとう決断したんやなあ。」
と思いました。
私が長い結婚生活の中で、
つい惚れ直してしまったのは実はこのときの夫でした。
(スミマセン。 聞き流して下さい、、、。(笑) )
しかし、もちろんウチはごく小さな零細ですし、
現場を知らずして商売は絶対にできないので、
夫が現場から完全に離れてしまう、ということは
昔も今もずっと通してありえません。
ただ、意識の中で「職人である。」という意識は捨てて、
「自分は経営者である。」という意識に完全に変革させた。
ということになります。
この時点から夫と私の頭の中に、
「自分たちの今後。」
というものが消え失せて、
「彼ら。 社員の人たちの今後。」
という事ばかりが頭の中を占めるようになってゆきました。
それからが零細の一事業者としての長い長い本当の戦いが
スタートしたように思います。
この世界でのキャリアも夫よりはるかに長く、
ずっとこの世界で頑張り続けてきた人なのですが、
かなり職人気質な人がいました。
Hさんという、とてもまじめな職人さんでした。
もちろんこの頃、夫も彼らと一緒に現場で実作業を
ほとんど毎日やり続けていたのですが、、、。
夫が、
「職人か。 経営者か。」
という、このあたりの問題でずっと心の中の
葛藤を続けていたときに、
その職人さんとの不協和音、まさつが生じたことが
実はあったのです。
(また後にもう少し詳しくお話させて下さいね。)
この時点ではその職人さんの意識の中で
たとえ職人の世界であろうと、
この商売をさらに次へと発展させ、
社員たちの今後の将来につなげていくためには、
「社長である夫は、職人仕事自体ではなく、
事業をより良く経営してゆくことに
全力をそそがないとないといけない。」
という概念へ転換させることを
なかなかうまく理解してもらえなかったのかも
しれないのですが、、、。
夫の意識がその方向へ行くことにその人がとても嫌がった、
といえば良いのでしょうか、、、?
どう表現すればいいのか、
拒否反応のようなものを示した、というのか、、、。
ある1つのまさつが生じたことがあったのです。
結局それがきっかけになったのかなあ、と思うのですが、
その時点で夫は自分自身が職人としてずっと腕を磨いてゆく。
という道は断念して、経営者として意識転換をはかりました。
その内面の変化が私にも
ビリビリっと伝わってきたことを
とても良く覚えています。
「ああ、、、。 この人はとうとう決断したんやなあ。」
と思いました。
私が長い結婚生活の中で、
つい惚れ直してしまったのは実はこのときの夫でした。
(スミマセン。 聞き流して下さい、、、。(笑) )
しかし、もちろんウチはごく小さな零細ですし、
現場を知らずして商売は絶対にできないので、
夫が現場から完全に離れてしまう、ということは
昔も今もずっと通してありえません。
ただ、意識の中で「職人である。」という意識は捨てて、
「自分は経営者である。」という意識に完全に変革させた。
ということになります。
この時点から夫と私の頭の中に、
「自分たちの今後。」
というものが消え失せて、
「彼ら。 社員の人たちの今後。」
という事ばかりが頭の中を占めるようになってゆきました。
それからが零細の一事業者としての長い長い本当の戦いが
スタートしたように思います。
2011.
10.
27
(その4、その63)で夫が最後の独立をしたあと、
「経営」ということに関しては私たちは全然わかっていなかった。
というお話をしました。
その4 経営者意識?何それ?
その63 独立することの意義は?
夫も3度目がスタートしてから最初の6―7年ほどは
ただ必死で仕事の腕をもっと磨くこと。
遊ぶことがないように仕事を取っていくこと。
この間に少しでも内部留保をしようとしていたこと、、、。
などだけでアっという間に年数が過ぎてしまったと言っています。
この間の流れをざっとご説明させて頂くと、
(その56 2度目の独立へリベンジからの後のことになります。)
「2度目の独立は、N コーポレーションからの独立。
今度は初めての建築業界でのチャレンジ。
しかしわずか2年足らずで2度目の失敗。
またしても撤退、勤め人に。
( この時の失敗の原因は本人のスキル不足。)
しかし職種、業界自体には十分手応えがあったので、
同業種の別の施工会社へ再び潜り込む。」
「そこで1年ほど職人として働いたのち、
しつこく3度目の今度も同じ職種での最後の独立。
3度目は始めはT-テックという屋号で
友達と2人でやっていた。」
「3年間友達と二人でやっており、
その間に少しずつ私もその中に合流。
いいかげん黙っていられなくなり、
あれこれと口出しするようになる。」
「私があれこれと口出しするのがうるさいためか(笑)、
4年目からはその友だちとは比較的円満に別会社とし、
( T-テックの屋号は先方にあげました。)
屋号もXX住設に変えて、ここから夫婦二人だけになり、
さらに4年間デコボココンビだけで
ああでもないこうでもないとドタバタとやっていた。」
( ただ、この間にようやく始めて内部留保が実現する。)
「その後、だんだんと二人では手がまわらなくなり、
従業員を雇うようになってから有限会社にする、、、。」
ざっとこんな流れだったでしょうか。
こう書いてみるとホントにほめられたもんじゃないですよね(笑)。
すごい遠回りをしてきたなあ、、、。と思います。
経営力の「け」の字もあったもんじゃないです、、、。
この最後の4年間の夫婦だけでやっていた時も、
「経営する。」という視点で商売をとらえていたかといえば
全然だったなあ、、、。 と改めて思います。
ところがそののち、従業員さんを数人雇うようになってから、
それまでの意識レベルでは全く通用しないことが
ようやく少しずつわかってきました、、、。
また後ほどこのあたりの経緯を詳しくお話させて頂きたいのですが、
この頃に夫自身が、
「自分はこれからも良い職人であるべきなのか。
そうではなく経営者としてやっていくべきなのか。」
という内面の葛藤が実はものすごくあったのです。
今思えばもちろん後者であるべきなのはごく当然のことなのですが、
この時点ではまだまだそのあたりが私たちには
良くわかっていませんでした。
夫の中では
「この仕事をもっと極めていって、
さらに良い職人として大成していきたい。」
という思いがかなり強かったのです。
特にこのガテンな世界は何といっても
「腕が勝負」
の世界です。
学歴も学閥も入社年月日もくそもへったくれもないのです(笑)。
「腕の良い熟練の職人が上。」
という世界なのです。
まだまだ職人としての腕を磨いて熟練を積み、
この業界のもっと上を目指したい。
と彼が考えたのも、それもまたこの時点では
しごく自然のことだったのかもしれません。
ところが実際のところ、
夫自身が技術に夢中になればなるほど、
さらに腕を磨こうと努力すればするほど、
商売自体がぎくしゃくとしてしまう、、、。
そのような矛盾した現実に直面してゆくように
なっていきました、、、。
つづく
「経営」ということに関しては私たちは全然わかっていなかった。
というお話をしました。
その4 経営者意識?何それ?
その63 独立することの意義は?
夫も3度目がスタートしてから最初の6―7年ほどは
ただ必死で仕事の腕をもっと磨くこと。
遊ぶことがないように仕事を取っていくこと。
この間に少しでも内部留保をしようとしていたこと、、、。
などだけでアっという間に年数が過ぎてしまったと言っています。
この間の流れをざっとご説明させて頂くと、
(その56 2度目の独立へリベンジからの後のことになります。)
「2度目の独立は、N コーポレーションからの独立。
今度は初めての建築業界でのチャレンジ。
しかしわずか2年足らずで2度目の失敗。
またしても撤退、勤め人に。
( この時の失敗の原因は本人のスキル不足。)
しかし職種、業界自体には十分手応えがあったので、
同業種の別の施工会社へ再び潜り込む。」
「そこで1年ほど職人として働いたのち、
しつこく3度目の今度も同じ職種での最後の独立。
3度目は始めはT-テックという屋号で
友達と2人でやっていた。」
「3年間友達と二人でやっており、
その間に少しずつ私もその中に合流。
いいかげん黙っていられなくなり、
あれこれと口出しするようになる。」
「私があれこれと口出しするのがうるさいためか(笑)、
4年目からはその友だちとは比較的円満に別会社とし、
( T-テックの屋号は先方にあげました。)
屋号もXX住設に変えて、ここから夫婦二人だけになり、
さらに4年間デコボココンビだけで
ああでもないこうでもないとドタバタとやっていた。」
( ただ、この間にようやく始めて内部留保が実現する。)
「その後、だんだんと二人では手がまわらなくなり、
従業員を雇うようになってから有限会社にする、、、。」
ざっとこんな流れだったでしょうか。
こう書いてみるとホントにほめられたもんじゃないですよね(笑)。
すごい遠回りをしてきたなあ、、、。と思います。
経営力の「け」の字もあったもんじゃないです、、、。
この最後の4年間の夫婦だけでやっていた時も、
「経営する。」という視点で商売をとらえていたかといえば
全然だったなあ、、、。 と改めて思います。
ところがそののち、従業員さんを数人雇うようになってから、
それまでの意識レベルでは全く通用しないことが
ようやく少しずつわかってきました、、、。
また後ほどこのあたりの経緯を詳しくお話させて頂きたいのですが、
この頃に夫自身が、
「自分はこれからも良い職人であるべきなのか。
そうではなく経営者としてやっていくべきなのか。」
という内面の葛藤が実はものすごくあったのです。
今思えばもちろん後者であるべきなのはごく当然のことなのですが、
この時点ではまだまだそのあたりが私たちには
良くわかっていませんでした。
夫の中では
「この仕事をもっと極めていって、
さらに良い職人として大成していきたい。」
という思いがかなり強かったのです。
特にこのガテンな世界は何といっても
「腕が勝負」
の世界です。
学歴も学閥も入社年月日もくそもへったくれもないのです(笑)。
「腕の良い熟練の職人が上。」
という世界なのです。
まだまだ職人としての腕を磨いて熟練を積み、
この業界のもっと上を目指したい。
と彼が考えたのも、それもまたこの時点では
しごく自然のことだったのかもしれません。
ところが実際のところ、
夫自身が技術に夢中になればなるほど、
さらに腕を磨こうと努力すればするほど、
商売自体がぎくしゃくとしてしまう、、、。
そのような矛盾した現実に直面してゆくように
なっていきました、、、。
つづく
2011.
10.
26
→脱サラ、独立の動機―①はこちらからどうぞ
何度もしつこく「脱サラする動機」について書いてしまいましたが、
やはりこのことがとても重大であるにかかわらず、
意外にわりとあいまいなままで、脱サラを計画、逡巡していた方が
「それはこうなのだ!」
と明確に整理、あるいは断言し得ないままに
独立、開業してゆくことが
けっこう多いような気がするのです。
でも、それはとても危険なことです。
動機がなく人は行動することはないですよね?
ですから動機の内容によって
その人の行動の形も決まってしまいます。
なので、
「脱サラするぞー!」
という大きな行動を起こすには、
この「脱サラの動機」が(その57、62、63)で申し上げたように
長年に渡って持ち続けることができるぐらいに
かなり確固たる強いものである必要があります。
しかもその内容が、
(今はこのあたりがとても良く理解できるのですが、、。 )
「第三者からも充分に支持されうるもの。」
でなければなりません。
ここが「ミソ」かもしれません、、、。
何故ならば独立後の事業をやり続ける原動力は、
その人の力量だけではいかんともし難くて、
「大多数の第三者の目に見えない力。」
によるものであることがとても大きい。
からなのです。
このあたりがとても不思議なようで、
ある意味むしろ当然のようで、、、。
脱サラするか、しないかという選択は、
実にあなたの人生を大きく変えてしまうことなので、
あえてそれを
「実行に移す真の強い動機。」
を、明確な言葉ではっきりと第三者に言いきるぐらいの
整理はしておいた方がより成功への道が確かなものになります。
私はかなり「言霊」ということを信じる方なので、
自分が絶対に実現させたい目的に関しては、
第三者にもはっきりと言うようにしています。
逆にはっきりと言えない事柄に関してはあんまり
「実現させたい。」という強い気持ちが自分の中にないんです。
特にまよっていらっしゃる方は
「選択-1 自分が脱サラを望む真の理由。」
「選択-2 このままサラリーマンを続けてゆく理由。」
などのように文章にして書き出してみることを
強くお勧めします。
別に今は誰にも見せる必要もないので、
心の声に耳をすましてそのままに書いてみて下さいネ。
必ずさらに明確に進むべき方向が見えてくると思います。
もしもどう判断しても、その動機が弱いな、
というものならば、それをもっと強いものに変えてゆけば良い、
と思うのです。
それはただ
「少し考え方を変えるだけのこと。」
なのですから、
もっと「強い動機」に考え方を変えてゆけば良い。
と思うのです。
人は誰でもそのようにして変ってゆけるものだと思っています。
実際夫は本来、とても気持ちの弱い人だったと思うのですが、
(その5)の最後の方でお話したように強靭な考え方、精神力の人間に
変わった、と思います。
初めから生まれつき強い意志、精神力の人間だったなどとは
おせじにも言えません。(笑)
たとえば前回(その63)で、
「逃避を動機とする脱サラは失敗する。」
と言いましたが、たとえ今はそうであっても
最初のきっかけがそれであったとしても、
考え方さえ変えてみれば、もっと
「明確な強い動機」がだんだんと
湧き起こってくるのではないでしょうか?
人生ってどのようになるのも、
幸せも不幸もその人の考え方次第、
だと思っています。
ポイント⑤
「脱サラ、独立の動機」は、
長年にわたり熱意を持続できうる確固たる強いものであると同時に、
「第三者の人からも支持されうる考え方。」
であることが重要。
何度もしつこく「脱サラする動機」について書いてしまいましたが、
やはりこのことがとても重大であるにかかわらず、
意外にわりとあいまいなままで、脱サラを計画、逡巡していた方が
「それはこうなのだ!」
と明確に整理、あるいは断言し得ないままに
独立、開業してゆくことが
けっこう多いような気がするのです。
でも、それはとても危険なことです。
動機がなく人は行動することはないですよね?
ですから動機の内容によって
その人の行動の形も決まってしまいます。
なので、
「脱サラするぞー!」
という大きな行動を起こすには、
この「脱サラの動機」が(その57、62、63)で申し上げたように
長年に渡って持ち続けることができるぐらいに
かなり確固たる強いものである必要があります。
しかもその内容が、
(今はこのあたりがとても良く理解できるのですが、、。 )
「第三者からも充分に支持されうるもの。」
でなければなりません。
ここが「ミソ」かもしれません、、、。
何故ならば独立後の事業をやり続ける原動力は、
その人の力量だけではいかんともし難くて、
「大多数の第三者の目に見えない力。」
によるものであることがとても大きい。
からなのです。
このあたりがとても不思議なようで、
ある意味むしろ当然のようで、、、。
脱サラするか、しないかという選択は、
実にあなたの人生を大きく変えてしまうことなので、
あえてそれを
「実行に移す真の強い動機。」
を、明確な言葉ではっきりと第三者に言いきるぐらいの
整理はしておいた方がより成功への道が確かなものになります。
私はかなり「言霊」ということを信じる方なので、
自分が絶対に実現させたい目的に関しては、
第三者にもはっきりと言うようにしています。
逆にはっきりと言えない事柄に関してはあんまり
「実現させたい。」という強い気持ちが自分の中にないんです。
特にまよっていらっしゃる方は
「選択-1 自分が脱サラを望む真の理由。」
「選択-2 このままサラリーマンを続けてゆく理由。」
などのように文章にして書き出してみることを
強くお勧めします。
別に今は誰にも見せる必要もないので、
心の声に耳をすましてそのままに書いてみて下さいネ。
必ずさらに明確に進むべき方向が見えてくると思います。
もしもどう判断しても、その動機が弱いな、
というものならば、それをもっと強いものに変えてゆけば良い、
と思うのです。
それはただ
「少し考え方を変えるだけのこと。」
なのですから、
もっと「強い動機」に考え方を変えてゆけば良い。
と思うのです。
人は誰でもそのようにして変ってゆけるものだと思っています。
実際夫は本来、とても気持ちの弱い人だったと思うのですが、
(その5)の最後の方でお話したように強靭な考え方、精神力の人間に
変わった、と思います。
初めから生まれつき強い意志、精神力の人間だったなどとは
おせじにも言えません。(笑)
たとえば前回(その63)で、
「逃避を動機とする脱サラは失敗する。」
と言いましたが、たとえ今はそうであっても
最初のきっかけがそれであったとしても、
考え方さえ変えてみれば、もっと
「明確な強い動機」がだんだんと
湧き起こってくるのではないでしょうか?
人生ってどのようになるのも、
幸せも不幸もその人の考え方次第、
だと思っています。
ポイント⑤
「脱サラ、独立の動機」は、
長年にわたり熱意を持続できうる確固たる強いものであると同時に、
「第三者の人からも支持されうる考え方。」
であることが重要。